アンダーソン博士の発明品

 そのころ、研究所では警察による取り調べが始まっていた。

 アンダーソン博士に対して事情聴取を行っているのは、まだ就職して日も浅い若い刑事だ。名前は後藤。博士の第一印象は、「チャラチャラしたやつ」だった。髪は明るい茶色、ピアスやネックレスを当たり前のようにつけ、おまけに煙草をくわえている。どうしてこんなやつが採用試験を通ったのだろう。博士は不満だった。

「で、なに盗られたんすか」

「おい、もっと真面目なやつをよこせ」

「いやいや、俺をなめてもらっちゃ困りますよ。マジですぐ犯人捕まえますから。ぱねえっすよ」

「まずその口調が気に入らんのだ。ぱねえとは何だ。天パの姉さんのことか」

「そんなんも知らないで科学者やってるんすか? マジぱねえっす」

「やかましい! そんな不可解な言葉を使うな。お前のようなバカが下手に日本語を使うから、現代の国語がどんどん歪んでいくんだ。もう一度小学生から国語をやり直してからここにこい」

「いやいや、現実的に考えて不可能っしょ。で、なに盗られたんすか」

 さっきから十回はこのやり取りが繰り返されていた。

 しばらくして、博士も背に腹は代えられないと思い至ったのだろう。彼は依然として後藤のことが好きになれなかったが、しかたなく身に起こったことを詳しく話した。後藤も最低限の仕事はするようで、「あーはいはい、マジぱねえっす」と相槌を打ちながらメモをとる。

「絶対ほれちゃうビスケットすか。マジぱねえっすね。俺もほしいっす」

「お前が食ってもしかたないだろう」

「まあいいや。俺、いま彼女五人いるんで、女には困ってないっすから。今日は火曜っすから、仕事終わってからみきちゃんの家に遊びに行くっす。みきちゃんは五人の彼女の中で一番かわいいっす、そんで……」

「アンダーソン博士!」

 後藤が曜日別彼女の自慢を始めようとしたとき、彼のセリフを遮るようにして一人の男が部屋に入ってくる。磯部だった。

 彼はこれまでに博士が見たこともないような表情をしていた。まるで徹夜明けにプロのマッサージ師にかかったときのような、うっとりとした表情。あるいは、やや風邪気味で身体が冷えているときにアツアツの風呂にざぶんと入ったときのような、力の抜けた表情。一言で言うと、気持ち悪かった。

「僕は長年胸の内に秘められていた自分の気持ちに、ついさっき気付きました! 僕はずっと夢の中で理想の恋人の後姿を見続けてきました。夢の中でその人を追いかけます。ですが手の届くあと一歩のところで夢は醒めてしまう。長い間、それが誰だか僕にはわかりませんでした。でも、ついさっきそれがあなただと分かったのです! アンダーソン博士、好きです! ……結婚してください!」

 博士は、発明品を盗まれてから磯部がその熱烈なプロポーズに至るまでのストーリーをたった一瞬で想像した。そして哀れみの目で磯部を見ると、こう尋ねた。

「私のビスケットを奪った泥棒はどこにいるのかね」

「ここから北に向かった先の雑木林の中に、三井のアジトがあります。そこで寝ています」

「首謀者は君かね?」

「はい!」

「ということだ、後藤君。捕まえたまえ」

 後藤は博士の言う通りに、磯部の手に手錠をかけた。彼には真相がよくわからなかったが、なぜか「ほら、すぐ捕まえたっしょ」と得意げだった。

 アンダーソン博士は重いため息をついた。

 博士の発明した奇跡のモテモテビスケット。これは、ビスケットを食べた人間がモテモテになるのではなく、ビスケットを食べた人間が博士を好きになるというものだったのだ。

 【end】

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