アンダーソン博士の発明品

 研究所から北に数十キロ離れた場所に、雑木林が広がっている。怪盗三井は、その雑木林の奥地に建つ、もはや誰が所有者かもわからない山小屋をアジトにしていた。

 一台の軽トラックが、ぶろろろ、と船の汽笛みたいな音をたてながら、山小屋に近づいてくる。トラックは小屋の近くで停まった。軽トラの運転席から降りてきたのは、もちろん三井だ。

 脱サラして貧乏になってしまった彼は、昔、祖父からもらったこの中古の軽トラックを愛用していた。池中君が作中で乗りこなしていたかっこいいオートバイとは大違いだが、彼はこれが気に入っており、だいたいの盗みにはこの軽トラを使っている。

「ちょろい仕事だったぜ」

「そうですね」

 三井に続いて、助手席から男が下車した。磯部だった。とても人質とは思えない涼しい顔をしている。

「しかし、本当にこんなものが高く売れるのか? ただのビスケットにしか見えんが……」

「ええ。博士はあんな不細工な顔をしていますが、発明だけは誰にも負けない才気を持っていますからね。きっと高値で売れるでしょう。僕の予想だと一千万の価値があります」

 これで本当にモテモテの生活が手に入るのなら、もっと価値が上がる可能性がある。磯部はそう考えていた。

「そうなると……こんな簡単な仕事で五百万か。これで俺も半ホームレスみたいな生活からついに脱却できる。ついでに、子供のころからほしかったヘラクレスリッキーとサタンオオカブトが幼虫とセットで買える。やった。やったぜ。今夜はパーティだ」

 彼が手に持っている袋には、帰りがけにコンビニで買ってきたお酒とつまみが入っている。春は山菜、夏は虫、秋はきのこ、冬は雪を食べて生活している三井にとって、それはご馳走だった。彼は盗みがへたなせいで、本当にお金がないのだ。

「磯部の旦那。あんたは俺の救世主だ」

「いえいえ。僕も三井さんに頼んで正解でした。こんなにうまくいくなんて思いもしませんでしたから」

 磯部はにやりと薄笑いを浮かべた。

 実はこの一連の犯行の首謀者は磯部だった。三井は磯部が雇った泥棒である。

 事前に二人で打ち合わせ、わざと自分を人質にとらせて発明品を奪う。その後で発明品を売り、二人で山分けをする。磯部はそのように三井に説明していた。

 磯部は三井とともに、アジトである山小屋に入った。

「狭くて汚いところですが、どうぞ、どうぞ」

 山小屋は本当に狭くて汚かった。屋根は一応ついているものの、その不衛生さと老朽具合はほとんど屋外と言ってもよかった。机や寝床、その他もろもろの家具は全て段ボールでできている。おまけにエッチな本が散らばっていた。雑木林に捨てられているゴミや本も、三井からしたら貴重な資材なのだ。

 死んでもこんなところには住みたくないな、磯部はそう思った。

「これからどうしましょう?」

 その瞬間、磯部はポケットに忍ばせていた霧吹きのようなものを取り出し、ぷしゅ、と中の液体を三井の顔面にふきつけた。液体の効果はばつぐんで、三井はすぐにふらふらと足をふらつかせ、しまいにはその場に倒れて眠ってしまった。それは、磯部が自ら作った睡眠薬だったのだ。

「これで窃盗の罪は全部こいつが被ってくれるだろう。やれやれ。バカなやつで助かった」

 数日前、磯部は発明品を盗むために三井を雇った。しかし磯部の目的はあくまでも発明品であり、山分けしようなどとは微塵にも考えていなかった。つまり最初から裏切るつもりだったのだ。

 磯部は三井が手にしていた箱を奪い、ふたを開けた。中にはビスケットがぎっしり入っている。

「これで、僕もモテモテになれる……」

 磯部は恍惚とした表情でビスケットを見た。これで彼女いない歴イコール年齢の等式が書き換えられる。つまらない雑用ばかりだった日々の報いが受けられる。そして彼女ができる。手をつなげる。チューできる。おかえりなさい、ご飯にする? お風呂にする? それとも私にする? のくだりができる。磯部はそんな幸せを頭の中で思い描いた。

 磯部はビスケットを一つ手に取り、口に入れた。

 さらばだ、僕のモテない人生!

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